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#04 工場見学vol.01 和紙が1本の糸になるまで

#04 工場見学vol.01 和紙が1本の糸になるまで

KAMITOの基軸となる和紙糸。和紙から糸を作る工程を担ってくださるメーカーの一社が、石川県で1934年に創業したカジグループのひとつ、カジナイロンです。専務取締役・イノベーション事業戦略室長の遠藤隆平さんに工場を案内していただきました。

カジグループのある石川県は、水資源が豊富で、湿潤な気候が繊維織物の生産に適していることから、繊維の歴史が古い土地です。江戸時代は、加賀藩の庇護のもと、絹織物が盛んに作られました。輸入が盛んになると、国内の絹産地の多くは衰退していきましたが、石川県では、糸を撚る、織る、編むといったテキスタイル製造の技術を発展させ、〝繊維王国〟とよばれるようになりました。

そうした一連の織物技術を有するのが、カジグループ。グループ会社には、「撚る」カジナイロン、「織る」カジレーネ、「編む」カジニットなどがあり、KAMITOの和紙糸を作ってくださっているのは、「カジナイロン」です。 

「カジナイロンでは、二つの材料を合わせて織る〝複合仮撚〟という領域を磨き上げています。たとえば、機能性が高くても、単独では切れやすい糸に、強度の高い糸を組み合わせることで弱点を補うこともできます。縮みやすい糸と縮みにくい糸を合わせて熱をかければ、縮みやすい糸がギュッと短くなり、縮みにくい糸が外に溢れることで裏毛のような意匠性を作ることもできます」

 

薄い和紙のロールを短冊状にカットするスリッター

 

和紙糸作りの工程で、非常に高い技術力が問われるのが、スリッターと呼ばれる機械で和紙を短冊状にカットする作業です。カジナイロンの真新しいスリッターは、グループ会社である「梶製作所」で和紙糸作りのために設計されたものです。

「現在の市場では、スリッターで1.5㎜と1.2㎜幅の短冊状に和紙をカットされています。カットした和紙を撚ってさらに細くしていくのですが、和紙はどうしても硬くて太くなるんですね。和紙らしい素材感を残しつつも、快適性を高めるには、糸をできるだけ細く軽くしなければなりません。そこにこそ、我々マテリアルサイドのメーカーとしてのモチベーションがあるんです。他のメーカーもやっている1.5㎜や1.2㎜からもう一段階細い、0.9㎜の生産に挑戦しています。一年半ほど試作を重ねてテスト段階では成功しているので、実現する日もそう遠くありません」

さらに細く、軽い和紙糸を求め、外巻きの糸にも「かなり無謀な」細いものを使う予定もあるそう。

「世界で最も細い糸で薄い生地を作っているメーカーとして、チャレンジングな領域に踏み込まなければ、我々が作る意味がありませんから」

和紙糸で持続可能な社会作りに貢献したい

遠藤さんの力強い言葉には、世界的にも高い技術を持つメーカーとしての誇りと自信が感じられます。遠藤さんは、和紙糸の将来性にも大きな期待を寄せます。

「ふすまや障子、土壁に畳と、通気性のいい日本家屋は、高温多湿の日本の夏を過ごすのに適していました。自然と一体化した日本家屋はほとんど消え、気密性の高い家に住み、人と自然が遠くなっている今、繊維としてあるべき形のひとつが、吸湿速乾性という優れた調節機能を持つ、天然由来の和紙を使った糸や織物にあると思うんです」

 

スリッターでカットされた和紙は、この大きな機械で芯糸に巻きつける工程を経て1本の「和紙糸」となる

 

和紙は魅力ある材料ながら、それだけで糸を作るには、切れやすいという弱点があります。そこで、伸縮性が高く強いナイロンを芯にして、和紙を巻き付けるという手法をカジナイロンでは使っていますが、そのナイロンもエコ素材です。

「以前の芯糸は、石油由来のヴァージンポリエステルだったんです。でも、せっかく天然由来の和紙複合糸を作るなら、完全エコな糸として、オリジナリティを打ち出したかったんですよね。それで、リサイクルナイロンやバイオナイロンに切り替えています」

 

和紙糸の芯糸となるリサイクルナイロン糸

 

繊維業界は水やエネルギー、化学物質も使用し、大量破棄問題にも直面しています。カジナイロンは、SDGsに積極的に取り組み、最終的な製品に含まれる原材料のうち、リサイクル成分が50%以上であることや、社会的、環境的、化学物質の要件を満たしていることを認証する「GRS(グローバル・リサイクルド・スタンダード)」を取得済み。サステナブルなモノ作りを行っています。素材としてはエコな和紙糸ですが、ビジネス面との兼ね合いはそう簡単ではないそう。

「0.9mm幅の場合、37,760mある和紙のシートから1日半で1450gの糸が128本、ざっと60㎏くらいが作れます。この数字は繊維屋に言わせると、正直、事業性があるとは言えないんですね。将来的な成長プランは当然、企業として持っていますが、採算がとれるまで何年かかるかわかりません。『だからやらない』ではなく、サステナブルな循環社会を作るためのアクションはやらないといけないんです」

 遠藤さんの強い信念の裏には、カジナイロンに入社する以前に体験した苦い過去がありました。

「14、15年前、カーボン・オフセットという考え方が登場した頃、今でいうサステナブルな素材を使ったウェアの企画を担当していました。企画は実現したものの、まったく売れなくて……。当時は〝カーボン・オフセット〟という言葉だけが先走りして、産業界は残念ながら消費行動を変えられるような大きなムーブメントは起こせませんでした。そのことにずっと悶々としているんです。その間に子どもができて、次の世代にどんな希望ある社会を残せるのだろうとも考えます。そんな思いも重なって、和紙糸でエシカル消費を促し、イノベーションを起こしたいんですよね」

 

Photograph:Kouhei Yamamoto

Text:Sakiko Koizumi