- 題材は面の大きい静物から始め、輪郭を曖昧にして質感で描く
- 新聞の面構成を色見本として整理し、濃・中・淡に分類する
- ちぎりは「引く」動作で繊維を立て、重ねの境界をなじませる
- のりは薄塗り二度づけ、仕上げは擬似ニスで色の深みを出す
- 反りは乾燥方向をそろえて積層、プレス冷却で落ち着かせる
新聞ちぎり絵の魅力と材料選び 紙面の濃淡を読む目を養う
導入:新聞は同じ紙でも面によって色が異なり、見出しや写真、広告のベタ面が豊かなパレットになります。まずは「どの紙をどの色として使うか」を理解し、最低限の道具で始める準備を整えます。色材としての新聞を見極める視点が、完成度を決めます。
新聞をパレット化する考え方
一般紙は本文面が灰色がかった淡色、見出しや罫線が黒の強色、写真面は中間の網点で構成されます。広告は特色インクで彩度の高い色が得られます。まずは一週間分を広げ、濃・中・淡の3群と、色物(赤系・青系・黄系・肌色系)にざっくり分類すると、制作中に迷いません。
題材選びの基準
最初は「りんご・花・風景の一部」など大きな面と単純な陰影がある静物が向きます。人物や複雑な建築は、色と面の管理が難しいため二作目以降に回すと失敗が減ります。写真を参考にする場合はコントラストが明快なものを選びましょう。
必要な道具と代替案
台紙(厚手画用紙B4〜A3)、スティックのりまたはでんぷんのり、ピンセット、ハケ、あて紙、クリアファイル、重し(本や板)、鉛筆(HB〜2B)が基本です。ニス代わりに木工用ボンドを水で薄めたものを仕上げに薄く塗ると、色に深みが出ます。
注意:インクの転写を避けるため、手汗の多い日は薄手手袋を使うか、こまめに手を拭いてから紙を扱います。広告の強い色は退色しやすいので、光の直射を避ける展示を心掛けましょう。
手順ステップ(準備のルーチン)
- 新聞を広げ、濃・中・淡と色物に分類して封筒へ
- 題材写真をモノクロ印刷し、明暗の層を確認
- 台紙に余白とサイン位置を決める枠線を下書き
- のり・ハケ・あて紙を左右どちらでも動かせる配置に
- テスト片でのりの濃度と乾燥の癖を確認する
ミニ用語集
- 網点:印刷写真の点々。離れるほど中間色に見える
- ベタ:全面が同一色で塗られた部分
- 地合い:紙の繊維の向きや密度のむら
- 抑え紙:貼り込み時にのりを吸う当て紙
- プレス:重しで平らにする工程
小結:新聞はそのまま巨大な色見本帳です。最初の分類と道具の最適配置が、制作中の判断を速め、仕上がりの安定につながります。
下絵づくりとレイアウト 明暗で面を分け構図を決める
導入:下絵は「線で描く」のではなく「面を置く」ための地図です。明暗の境界を3〜5段階に分け、貼る順序と重ねの方向を決めます。ここでの決断が後の迷いを消し、貼り込みのリズムを作ります。
明暗分解のコツ
題材写真をモノクロにしてA4に出力し、透明のクリアファイル越しにトレーシング。最も暗い領域、次に暗い領域…と順に面で囲い、番号を振ります。番号はのちにパーツ袋の指示にもなり、作業の交通整理役になります。
余白と視線誘導
台紙の上下左右に10〜15mmの余白を設け、視線が中央に集まるように主要モチーフをややオフセット配置にします。新聞の文字面は細かなリズムを生むので、主役の周辺に多めに配置すると、作品に「語り」を与えられます。
部分拡大の下準備
ディテールを描き込みたい部分は、同一サイズの下絵をもう1枚用意して拡大メモを書き込んでおきます。貼り込み本番では迷わず差し替えられ、全体の時間配分が崩れません。
比較ブロック(線の下絵vs面の下絵)
| 線の下絵 | 輪郭が明確 迷いが少ない 反面ちぎりの柔らかさが出にくい |
| 面の下絵 | 重ねの厚みや質感を活かせる 初心者は範囲決めに時間がかかる |
Q&AミニFAQ
Q:下絵が細かくなりすぎる? A:段階は3〜5に制限。暗部の塊を優先し、線は後で細片で起こします。
Q:構図が単調? A:主役を中央から少し外し、対角線上に強い色を小さく置くと動きが出ます。
Q:にじみが心配? A:台紙側でのりを薄く塗り、パーツ側はドライに。湿りを片側に寄せます。
コラム(新聞の文字はなぜ画面を締めるか)
文字の水平・垂直のストロークは画面に見えないグリッドを生み、視線の流れを整えます。判読できない程度の小さな文字を斜めにあしらうと、遠目に微細な陰影が生まれ、モチーフのボリュームが増します。
小結:面で考え、段階を限定し、余白で呼吸を作る。これだけで貼り込みの時間は半分になり、仕上がりの落ち着きが格段に上がります。
ちぎる・選ぶ・重ねる 技術の核心と失敗しない順序
導入:新聞ちぎり絵の質感は、破断面の毛羽立ちが作ります。ちぎり方・紙の向き・重ね順・のりの水分管理を決めておくと、境界が自然に溶け、面が一体化します。ここでは手の動きと順序を具体化します。
ちぎりの基本動作
紙は手前に「引く」ことで繊維が立ち、柔らかなエッジが生まれます。外周の輪郭は大きめに取り、重ねながら微調整。角を立てたい箇所は逆方向にちぎるか、あえてハサミで切り口を作り、質感の差で輪郭を出します。
色の拾い方と迷わない基準
濃→中→淡の順に大面積を押さえ、最後にアクセント色を点で置きます。同じ灰色でも写真面・本文面・見出しベタで微妙に温度が違うため、手前は暖かい灰、奥は冷たい灰を選ぶと空間が出ます。
貼り込みのリズム
台紙に薄くのりを伸ばし、パーツはドライ。貼った直後に抑え紙を置いて上から指腹で圧をかけ、余分なのりを吸わせます。5〜10枚ごとに軽くプレスして波打ちを防ぎましょう。
有序リスト(貼り順テンプレ)
- 最暗部の塊を面で置き、構図の骨を固める
- 中間の大面積を一気に埋める
- 淡部で面をつなぎ、段差をならす
- アクセント色とハイライトを点置き
- エッジを細片で起こし、視線を導く
- 全体をプレス→冷却→再調整
- 仕上げのコーティングを薄く一回
事例引用
「りんごの赤を広告から、影の深部を見出しのベタから拾い、白ハイライトは本文の余白を細く裂いて置いた。三層目で一度プレスしたことで、のり染みが表に出ず、断面だけが光を受けて立体が生まれた。」
ベンチマーク早見(作業配分の目安)
- 色分類:全体の20%(15〜30分)
- 下絵:全体の15%(15〜25分)
- 貼り込み:全体の55%(60〜120分)
- 仕上げ・プレス:全体の10%(10〜20分)
- サイズ:B4なら総片数100〜200が扱いやすい
小結:濃→中→淡→アクセントの順で進め、のりは台紙側。5〜10枚ごとのプレスで反りを抑え、断面の毛羽を味方に付けます。
題材別の描き分け 静物・風景・人物で変える設計
導入:同じ新聞でも、題材によって選ぶ紙や貼り順は変わります。静物は面、風景は遠近、人物は表情の起伏をどう出すかが鍵です。題材別の設計図を持つことで、再現性と完成度が上がります。
静物(果物・花)を面で捉える
面の大きな静物は、最暗部で形を決め、中間の面を大きく置き、最後にハイライトで丸みを出します。花弁は本文の細文字や薄い写真面を裂いて重ねると、薄膜の重なりが生き生きします。
風景(空・水・建物)の遠近
遠景は冷たい灰(写真面)、中景は中灰(本文面)、近景は暖かい灰(見出し周辺のグレー)で層を作ると、空気遠近が成立します。水面は長手方向に裂いて流れを作り、建物のエッジは罫線や図表の直線を細く使うと効きます。
人物(肌・髪・衣服)の表情
肌は広告の薄いベージュや淡いピンクを主体に、本文の余白でハイライトを。髪は見出しの黒を面で置き、網点のグレーで艶を作ります。目と口は細片一枚以下で暗点を置くだけでも表情が立ちます。
ミニ統計(題材と紙の対応)
- 静物:本文面60%+写真面30%+広告色10%
- 風景:写真面50%+本文面30%+罫線・図表20%
- 人物:広告色40%+本文面40%+見出し黒20%
無序リスト(色を探す定番ページ)
- スポーツ面の写真:豊富な中間グレー
- 天気・株式欄:細かな図表の直線素材
- テレビ欄:均一な薄グレーの大面
- カラー広告:肌や果物に使える暖色
- 社会面見出し:深い黒のベタ
ミニチェックリスト(題材開始前)
- 最暗部に使う紙は十分か
- 主役のハイライトの確保は済んだか
- 背景の中間グレーは面積分あるか
- 直線素材の在庫は足りるか
- アクセント色は2色以内に収めたか
小結:題材に応じて紙の出所を変え、層の温度で遠近や質感を作ります。素材の在庫を先に確保すると、貼り込みで迷いません。
仕上げ・展示・保存 反りを抑え色を保つケア
導入:完成後の仕上げと展示で、作品の見え方は大きく変わります。のり染みの抑制、反りの矯正、簡易コーティング、額装の高さ調整、退色対策までを段取り化し、次の制作につながる管理を行いましょう。
反りとシワの抑制
貼り込み中は小まめにプレス、完成後は吸湿紙→台紙→作品→抑え紙→板の順で重ね、均一な重しで半日。繊維方向が一定だと反りが偏るため、層ごとに向きを交差させると安定します。
色の深みを出す簡易コート
木工用ボンド1:水1をよく混ぜ、平筆で薄く一度だけ塗布。乾くと半光沢になり、網点の粒が落ち着いて見えます。塗りすぎは紙の透けや波打ちの原因になるため、テスト片で濃度を確認してから本番に。
展示と保存の工夫
額装はガラスと作品の間に2〜3mmのスペーサーを入れ、ガラス面の結露や貼り付きから守ります。展示は直射日光を避け、LED照明を推奨。保管は中性紙の封筒に入れ、乾燥剤と一緒に暗所で水平に保管します。
表(仕上げ時の条件目安)
| プレス時間 | 6〜12時間 | コート濃度 | ボンド:水=1:1 |
| 展示照度 | 200lx前後 | 相対湿度 | 45〜55% |
| 額内スペーサー | 2〜3mm | 保存温度 | 15〜25℃ |
よくある失敗と回避策
反りが戻る:層の向きを交差させ、プレス後に冷却時間を確保。色が浅い:コートを一度だけ薄塗り。のり染み:台紙側塗布を徹底し、抑え紙で都度吸い取る。
コラム(額装の余白は作品の呼吸)
余白が狭いと画面が窮屈に見え、新聞の細かなリズムが騒がしく感じられます。縦横いずれも10〜15%の余白を取ると、ちぎりの断面が光を受ける空間が生まれ、落ち着いた見え方になります。
小結:プレスと簡易コート、スペーサー付き額装の三点で見え方は劇的に改善します。展示環境が整えば、退色や波打ちを長期にわたって抑えられます。
まとめ
新聞ちぎり絵は、紙面に宿る文字や網点のニュアンスを絵具のように扱い、破断面の柔らかさでつなぐ表現です。最初に新聞を濃・中・淡と色物にパレット化し、面で分けた下絵を作れば、貼り込みで迷わず進めます。作業は「濃→中→淡→アクセント」の順、のりは台紙側、5〜10枚ごとのプレスで反りを制御。題材に合わせて紙の出所と温度を変えれば、静物の丸み、風景の空気、人物の息づかいまで描き分けられます。仕上げは薄い簡易コートとスペーサー額装で色を落ち着かせ、光と湿度を整えた展示・保存で長く楽しめます。材料は日々届く新聞、道具は家にあるもので十分です。今日の紙面を開き、まずは一週間分を色で仕分けてみましょう。最初の一枚は静物から、次に風景、三作目で人物へ。身近な紙が、唯一無二の画材へと変わります。


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